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定時制高校の卒業式

どうも、ひさかたぶりに奏です
今までサークルでも何度か話したことがありますが、
今回は、改めて私が9月からボランティアに行っていた
ある定時制高校のお話を・・・と思います
長いですがお付き合い下さい。

定時制と聞いて何か壁を感じる方は非常に多いと思います。
あえて私はそこに飛び込みました。
見てみないとわからない!!そんな思いからでした。

私は識字教室でのボランティアを経験しました。
そこでは高校生から、お年寄りまで幅広い年齢層の方が
ひらがな・カタカナ・漢字の勉強をしています。
また、障害を持つ生徒さんもいます。
1人1人自分のペースで地道に授業が始まるまで勉強しています。

非常に多くのことを感じさせ、また考えさせてくれた識字教室ですが、
中でも一際私に大きな刺激を与えてくださった生徒さんがいました。
定時制高校4年生、卒業の年を迎えた、81歳の女性の生徒さん(Aさん)です。
足も悪く、寒くなると尚更体もしんどいのに、
1時間以上かけて真面目に通ってこられていました。
在日の方で、小さいころから働いて、苦労して、結婚して、子供を生んで・・・。
けれど、子供さんが無事大人になっても、Aさんはひらがなすら書けませんでした。
Aさんは70代後半に入り、今更と周りに言われながらも、定時制高校に入学しました。
けれど、授業を受けてもノートも取れない・・・。
識字教室でAさんは鉛筆の持ち方から学び始めました。
四年かけて、今では小学4年の漢字が書けています。
私は「学びたい」という純粋な思いが、
こんなにも大きなエネルギーになるなんて今まで知りませんでした。
惰性ではない、「本当の学び」が定時制高校には溢れていることに気付かされました。

そんなAさんを含め、約50人が27日に卒業式を迎えました。
私は保護者席から卒業式を見ていました。
Aさんのほかにも、70代60代と思わしき生徒さんがぽつぽつ見えます。
Aさんの背中は丸く曲がっていて、私は改めて81歳だということを意識しました。
Aさんが壇上にゆっくり上がると、校長先生から
「よく4年間頑張りましたね、体に気をつけて、これからも頑張ってくださいね」
という言葉と一緒に卒業証書が渡されました。
その後、壇の端まで歩けずに、途中からまたゆっくり段を降りていきました。
式は進んで、途中、起立の言葉にも立てないAさんを、
横の席の女の子がいたわる姿が印象的でした。

卒業生の答辞。ある女の子が壇上で話始めた途端、女の子の声が嗚咽に変りました。
全日制を中退して、何もかもが投げやりだったけど、
バレーボールがどうしてもやりたかった、
それ以上に結婚して、子供ができたときに、
私が高校を卒業していないと子供がかわいそうだと思った。
もうダメだと思うたびに友達に救われ、
始めは、うざいと思ったお年寄りのクラスメイトの言葉が、
身にしみて、素直に受け止められるようになった。
そして、先生が優しかった。先生がいなければここに私は立てていなかった。
度々声を失いながらも、話し続ける卒業生の姿に、
落ち着きのなかった在校生も、見入っていました。

卒業生退場。
講堂のライトが落ちて、花道と出口だけにスポットライトが当たっていました。
音楽とともに、赤と白の紙吹雪が舞い落ちてきました。
花道を歩く卒業生も、男女問わず、涙を流していました。
茶髪の女の子も、
着慣れていないスーツの男の子も、
ジャージの女の子も、
豹柄シャツのイケイケ君も、
笑顔の耐えないアジア系の男の子も、
ゆっくり歩くお年寄りも、
みんな立派でした。
校長先生の
「君たちは私達の誇りです。宝です。」
という言葉がもう一度聞こえてきました。
花道で寂しそうな顔をしていたAさんは、
出口で待っていた下の学年のお友達に抱きしめられて、
初めて笑顔を見せました。

ほんとに素敵な卒業式でした。
語りつくせないけれど、厳密には一ヶ月にも満たない交流で、
号泣するほどの何かを、この定時制高校は私に与えてくれました。
識字教室や卒業式での思い出と、
特別に来賓扱いでいただいた、卒業文集と人権文集は私の宝物です。
私は4回になっても、必要とされるならば、識字教室のボランティアを続けたいと思っています。

4月には入学にあわせて、また新しく識字教室の生徒が増えます。
そして、地域の人に開放された週2の識字教室にも生徒が増えます。
またAさんに会えるのが楽しみです。
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模擬授業を終えて

案の定、かなり暴走気味の模擬授業を展開した五嶋です。
初めての模擬授業で、問題点は数え切れないぐらいありましたが、
すごくいろんなことを学べた一日だったと思います。
模擬授業を聞いて、いろいろアドバイスをしてくだり、ありがとうございました。

僕の初めての模擬授業をやって最大の反省点は・・・
「相手を見れていない」ということだったように思います。
実際目の前にいる相手、模擬授業が対象としている高校生。
視覚的にも心理的にもちゃんと見ることができていなかったように思います。
そして相手を見れていないというのは、その相手の方に、
こころが向いていないということだったのかもしれません。

今回選んだ文化を扱う範囲は、自分が高校で勉強した時に
どうしても作品や人物の羅列のようになってしまったり、
内容がよくわからなくて結局名前をおぼえるだけになってしまったり、
絵や建築は綺麗だなと思いつつもどこかつまらなさを感じていたところでした。
ひとつひとつの作品や人物が当時の人々の営みの中でどんな位置をしめていたのか、
どんな流れの中で生まれてきたものだったのか。
そういう自分自身の素朴な疑問もあって、ばらばらになっているひとつひとつを
結い合わせて、その隙間をうめてみたい、そういう思いが最初にあった。
でも実際やってみるとなんとなくわかっていたつもりのものが、
実は全然わかっていなくて、調べれば調べるほど、わからないことが増える。
そうやっていろいろやって、何とか自分の中でほんの少しわかってきたかなと
感じられたばかりで、自分のやってきたことという入れ物の中でしか
形を保てないようなものをそのまま外に出してしまったのが、今日の模擬授業だったのかなと思う。

内容を勉強している間にいくつか「繋がった」と感じる箇所があって、
なんとなく自分のやりたいことの方向性が少しだけ見えた・・・ような。
今回の勉強を通して、「わからないことを増やす大切さ」を感じました。
わかっているつもりになってしまうと、知らないということがわからなくなってしまう。
一つのことを知るとその周りに新しいものが見えてきてまたわからないことが増える。
わからないことが増えるというのは、見方を変えれば新しい可能性が生まれること。
ふとそんな風に感じました。

初の模擬授業、終わるまでは緊張感と不安でいっぱいいっぱいでしたけど、
振り返って見ると本当にたくさんのことを学べた気がします。

ある一つの疑問を考える

 ここに記事を書くことは、恐らくはじめてになるでしょう。

 どうも。伊勢参りで最初に「バーサーカー」で笑わされ、「タシロ二世」で笑わせたもう一人の4回生小土橋(こつちばし)です。何回か皆さんのコメントや考えを読ませていただきました。皆さんの熱い思いがひしひしと伝わってきて、私も負けていられないという思いで記事を書きます。しかし、あくまでも個人的な意見ですので、真剣に考える必要もないでしょう。そして、皆さんと同じような熱い思いを表現できるかどうか…。

 さて、本題に入りましょう。
 ある日電車の中で、ふとこんな考えが浮かび上がったのです。

 「私が教師になったとき、最初に生徒に伝えるとすればどんなことか?」

 例えば、最初に担任はクラスの生徒に何を言うか、最初の授業で生徒達に何を言うかということを考えてみると、最初とは生徒の先生に対する印象を決定する非常に重要な場ではないか、また先生の思いを表現することのできる適切な場ではないかと考えられるのです。今回は担任と最初の授業と二つのケースを別々に述べると分量が大変なことになりそうなので、授業のみに焦点を絞って述べていきましょう。
 言っておきますが、最初の授業で自己紹介と生徒の名前を読み上げること、そしてこれから行う教科の説明は前提です。つまり、それ以外にも何か話すことはできないかと私は考えているわけです。
 教育実習で感じたことでしたが、担任や教科を教える先生によってクラスの雰囲気が決定されていくのです。それだけ、先生の生徒に対する影響は計り知れないということでしょう。できれば、生徒達に「良い」(具体的にどんな「良さ」なのかということは今後検討していかなければなりません)影響を与えたい(偽善かもしれない)。ですから、私は自分の思いを生徒達に伝えようと思うのです。
 では、私の伝える思いとは何か。大きく分けて二つあります。

 一、「夢」(ここでは自分の将来像の意味)について
 高校生と言えども、まだまだ子どもだと認識している私にとって、子どもの大きな「仕事」として夢を見ることをしてほしいと思うのです。(これはあるマンガの中に収録されている「island」という作品の影響を多少受けての考えです。)しかし、例えば「私は大統領になりたい」と言う夢を持っていても、ここは日本ですからアメリカに行かなくては大統領になれません。ですから、大統領になることは不可能なのです。しかし、その夢を「修正」することは可能なはずです。大統領になることが無理ならば、日本の首相を目指せばいい。それば無理ならば、というように現実(実情)に合うように自分の夢を「修正」していく必要が生徒にはあるのです。しかし注意しなければならないことは、自分の信念をしっかりと持って「修正」をしていかなければらないことです。人によって信念は違いますが、自分のこれだけは譲ることができないという強みまでも「修正」してはならないのです。
 では、夢を「修正」することだけが将来の自分像にとどく唯一の手段でしょうか。そんなことはありません。「修正」するものは他にもあるはずです。もう、お気づきでしょう。そう、ほかならぬ自己の「修正」もしていかなければならないのです。上記の例を使うならば、日本の首相になるために、政治の勉強をしなければならない、人望を得る努力をしていかなければならないのですね。つまり、自分に磨きをかけていくことをしていかなければならない。そうして、自分の将来像に届くように努力しなければならないのです。
 ここでまとめましょう。生徒である間に是非やってほしいこと、それは夢の「修正」と自分の「修正」を同時に行うことなのです。それが自分と向き合うということなのではないでしょうか。ただし、ここで主張したいことは、人間の脳は20歳半ばで死滅を始めるわけです。では、生徒の間にしかできないことはどちらなのでしょうか。答えは言わなくてもわかりますね。できれば、生徒のうちにそちらを重点を置いて努力してほしいのです。
 
 はい、一つ目終わり

 二、縁について(これは教育実習の時に言いました)
 もう今はないのですが、昔東京都の豊島区に一軒のアパートがありました。名を「トキワ荘」と言います。
 このトキワ荘には、はじめ手塚治虫がおり、後に『仮面ライダー』や『サイボーグ009』などを描いた石ノ森章太郎、『ドラえもん』や『パーマン』などを描いた藤子=F=不二雄、『天才バカボン』や『おそ松くん』を描いた赤塚不二夫など、後のマンガ界に多大な影響を与えた巨匠達が住んでいました。彼ら(手塚はすぐに引っ越したのですが)、マンガを描くことは当然のこと、毎晩のように大好きな映画の話をし、夕食を共にし、悩みがあれば相談に乗っていたそうです。ちなみに、ギャグマンガの巨匠赤塚不二夫が、ギャグマンガを描きたいのに、売れるために仕方なく少女マンガを描いていたのだが、全く売れず、石ノ森章太郎に「オレ、書けないヨ、書きたくないヨ、石森氏」と相談し、石ノ森章太郎が赤塚氏を励ましていたことは有名な話です。彼らは、それはそれは楽しいひと時を過ごしていたようです。
 彼らは、ただ遊んでいたわけでは決してありません。彼らは皆同じ「志」を持っていました。

 「子ども達に夢を与えるようなマンガを描きたい」

 そして、共通の志を持った仲間が、次々と巨匠となっていったのです。
 ここで私は考えるのです。彼らは必然的に集まってきたのでしょうか。はたまた偶然集まってきたのでしょうか。いずれにせよ、私はこのトキワ荘の話しをする時に、「縁」を感じずにはいられないのです。すなわち、彼らが集まってきたのは「縁」のなせる業ではないかと。同じ志を持つ仲間を引き寄せた不思議な力ですよ、ホント。
 同じ志を持って「縁」で集まってくるということは、実はよくあることなのです。感じるか感じないかの違いです。私の教育実習では、教育実習生はかなりいたのですが、ある日から同じ5人のメンバーだけ残るようになりました。そして、私を含めて5人は毎日学校が閉まるまで指導案や授業の内容の検討をしたわけです。もちろん、一つの教科だけではなかったですよ。5人とも「立派な教師になりたい」という大きな、そして確固たる志を持っていました。ちなみに、4人ともとてもいい授業をしていましたし、きつかったのですが、とても楽しい思い出でした。5人でよくレストランで勉強していた時に、ふと英語の先生が「ああ、俺達って、トキワ荘だよな」と言い、全員うなずいたことは良く覚えています。
 私は思うのです。このクラスに皆がいるのも、担任の先生がこのクラスを担当することも、何かの「縁」であると。そして、「縁」を感じて、これをずっと大切にしてほしいと願うのです。そして、同じ志を持ってほしい。それはトキワ荘のように、何か大きなことをなせるかもしれないと期待しているのです。私は確信します。同じ志を持った仲間達が、何か大きなことをする、それは必ず将来必ず良い思い出になることを、私は確信します。

 私の生徒に伝えたいことはこの二つです。長くなってしまいました。至らぬところは多々あれど、一応書いてみるだけ書いてみました。会長の記事を越えてしまったかな…。
 特に二つ目の「縁」は私自身も体験したことですし、私が下宿していた頃に、アパートの大家さんから「縁は大切にしなさい」と言われたことを良く覚えていますので、ひときわ強調しておきたいんですね。しかし、教育実習だけでなく、この「エルベール」というサークルも、トキワ荘と同じように思うのです。同じ志を持ち、集まってきた仲間達で何か大きなことをしようとする。とても素晴らしいことであり、改めてこのサークルに入ってよかったなと思うのです。
 私は今年で卒業してしまいますが、非常勤講師でもエルベールにはちょくちょく顔を出そうと思います。ということで、今後ともよろしく。
 長くなりました。ではでは。
 感想・コメント、どしどしお寄せください。話ならばいくらでも乗りますよ(笑)。

フィンランド教育に注目

ミンナの気になる教育ニュース
・・・なんていうシリーズあったらおもしろいかも?

こんにちは、やっさんです。

福岡で14日、「北欧の教育事情」という講演会が行われたそうです。
フィンランドの高い学力の秘密は何?
日本の教育施策の問題点は何でしょう?

ゆとり?詰め込み?
教育の「やり方」は誰が決めるべきなのでしょう?


う~む、なかなか考えさせられる問題だなと思いました。
皆さんどう思いますか?


参照:毎日新聞 2009年2月15日 地方版
http://mainichi.jp/area/fukuoka/news/20090215ddlk40040202000c.html

授業のなかで

久々の書き込み、五嶋です。

春休み中のAile-vert活動期が近づいてきましたね。
17日の事前学習会、22日に先生をお招きして、
翌日は3回生の模擬授業と合宿の事前学習、
28日は4回生の模擬授業と追いコンということで、
この2週間かなり盛りだくさんの月末といった感じですね。

オープンネットワークの概要もつかめず、授業案もまだできてないという
なんとも先行き不安な状況ですが、初の模擬授業なので、
なんとか形にできるように頑張りたいと思います。

模擬授業をどんな風にするか考えながら指導要領も参照したりしていて、
ふと思ったけど、実際の授業で教師個人の裁量ってどのくらいあるんだろう。
高校の頃の先生はわりと人によって内容が違っていたような印象はあるけど・・・。

今思うと世界史・日本史は暗記物で、答えは教科書にあるという風潮で、
先生の話を聞かない人が、高校の頃には結構いたような気がする。
ちゃんと話を聞いている生徒も、単に寝ているだけの生徒もいたけれど。
確かに英語や数学みたいな教科に比べれば、歴史は本だけでどうにかなるところはある。
ただ、教科書は歴史の膨大な内容を圧縮して流れを概説するだけに、
どうしてもわかりずらい面があることも確かで、その言葉のひとつひとつ、
文章のひとつひとつがどんな歴史的なコンテクストにあるのかを明確にして、
理解の助けとなるのが教師の役目だと思う。
とはいってもそれがそう簡単なことではないのは明らかだし、
教科書に書いてある内容と相反するような見解も多数ある。
どの程度までの内容を理解のための背景とするか、文と文の間隙をうめるのに
どの見方に立つのか、問題は山積みに思われて仕方ない。

現実に目を向ければそんなことを言っている暇は無く、
どうにか体裁を整えるのに必死にならざるを得ない状況で、
教師への道はまだまだ先が長いと改めて思い知る今日この頃。

世界と共に生きる 人々と社会への願い

2月になりました、ね。

毎日寒すぎですね。そんな中、今日春物2点買っちゃいました笑。
こんばんは、全然しっかりしてないくせに態度だけは大きい・・・
小人(しょうじん=つまらない人間のほう)会長、安田です。
閑居すると不全ばかりなして、何にも良いことイタシマセン。
困った、困った・・・。笑。


さて、お伊勢さんのときの記事がUPしたつもりが
できていなかったようなので、再アップさせてもらいました。
良ければ、懐かしさと共に、読みおこしてくれれば嬉しいです。

(あ!片岡さんのとか、読んでないのあれば、見ておいて下さいねー!)



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お伊勢さん
めちゃくちゃ楽しかったですね
廣田さんが言ってくれた様に、ほんと車中もおしゃべりだけで
案外時間がもちましたね。
絆が深まったのはモチロンですが、ますます
一人一人のキャラが濃く現れてきていた気がしますw


お伊勢さんでの願い事、みんな何を願ったのでしょうか。
自分の「夢」でしょうか


⇒今日はこの、「願い事」・「夢」と絡めて、(誠に勝手なのですが)
1.「私の夢、教師への夢」
2.「世界への願い」
3.Aile-vertの皆へのお願い
・・・について、ながーーーいんですケド、気持ちの整理で書いたので、
お話させてやってください。(ゴメンなさい。)




1.「私の夢、教師への夢」
私の「夢」は、そう、「教師になること」です。
(できるかぎりで、「よい」教師に・・・
実は、これをいうと意外かもしれませんが、
これが「夢」だと、はっきりと認識したのは、すごく最近のことでした。
感覚的にはあっても、言語的には定義できていない状態で
「なりたい」という感情だけがあったので。
最近初めて「これが私の、夢なんだ」って口にできました


思い起こせば、「理想の教師」(≒「よい教師」)が
私たちの最初の語り合い・意見交換のときのテーマでしたね。
みんな、精一杯やるけど、「いい教師」とは、誰かが証明してくれる、
というわけではないですね。
自分なりにただただ、「教師という生き方」ときちんと向き合って生きるだけ。


7月の「現代における理想の教師像」の回顧?
みたいになりますけど・・・


私個人としては、「意識」が大切なんですね。
「信念をもつ」教師が、「いい教師」かなって。
自分では、「どれだけ熱く燃えているか」が、バロメータかなって、
思っている節があります(笑)


でも、重要なのはこの「信念」の形成過程なのです。(私にとって)
個人的な願望としては、この「信念」ってやつは、
社会についてちゃんと考えることを通して、一人一人の先生(のたまご)に
消えない理想として打ち立てて欲しい」と思ったりしているわけです。
これは、サークル設立の動機とも無関係ではないワケで。
今も、社会的「姿勢」が私のなかでは重視されています。
これは、エル・ベールの誕生・存在理由でもある、というお話でした。


そうゆう内容を含めて、
私の勝手な理想では、
「人が好き」(子供が好き)で
「社会について、人間について、ちゃんと考えてる人」
そして、「使命感に燃えている人」
そんな人に、教師になってほしいな、と思っていたりします。
(モチロン、私がそうなりたいってゆう話なんですけど。笑)


まあ、この夢の実現に向けて我が身を思うと、
実際は・・・それ以前に問題があるのですね(苦笑)
私の当面の課題は、
「人生のテーマ」や「夢」を持ちつづけながら・・・
「ちゃんと仕事をこなせること」・・・だろうな。(笑)。。。
(時間計画性がないのをなんとかせねば・・・です↓↓)


そんな感じで、究極の私的理想のほうはけっこう困難な道ですが、
これが、今のところの
「私の夢」、「教師への夢」(期待?理想?私の願望?)
の内容なのでした。
(勝手に語ってすみません。回顧から展望へ、明日へ、つなげたいものですね。)


***
みんなの夢は、何ですか?
目標とする何かになることですか?
あるいは、その職を通して、何かを成し遂げることですか?
***




2.「世界への願い」
「願い」といえば、
私は電車の座席でこう歌っていました。
(しかもけっこう本気な自作のハモリでなんですけど、笑。)
「願いが~もし叶うなら~」・・・(やまざき○さよし)


願いがもし、叶うなら・・・
私の場合は、「全人類の、より少しでも多い幸福」を願わずにはいられないのです。


「よりよい世界へ・・・より平和で、より幸せな、より優しい世界へ」
すこしずつでも、近づいていってほしい。
(できることなら、近づけるためのモーターを回す、小さな歯車になりたい。)


私は、理想主義者と言われたことがあります。(たぶん、そうなのですよね。)
でも、私のこの願いは、あまりに理想的なのでしょうか。
非現実的、なんでしょうか・・・
(まあ、信じるのは自由、だから、願い続け、努力し続けたい、ですが。)


***
私は、教師になって、
そして、限りなく、「より良い社会づくり」を目指したいです。
学校で、「人育て」いや、「人支え、人助け」に尽力したいのです。
それは、生涯のテーマだから。
(「人つなぎ」も素敵ですw)
***


私は、時々、胸が痛くなるのです。
世界にいまだどうしても存在してしまう、悲しみや、差別や、過ちに。
拒絶や、不理解に、、誤解や、、衝突や、憎しみに・・・。
これは、人の性なのかな。。。(否、であってほしい。)


だから、「神様、世界の平和が欲しいです」と
声に出して言ってしまいたくなります・・・。


「世界」にそれを望みたいけれど、何よりもまず、日本をそうしたいです。
身近なところから。。。


日本社会が近い将来に、
「優しくて、生きやすい、光輝いた社会」に(少しでも)なることを
私は願ってやみません。


社会について知れば知るほど、そういう想いが強くなる。
そうでなければダメですよね?そして、もっと、知らなくては・・・。
という気持ちになってきます。


「よい社会」って何なのか、という具体的なところは
哲学的にも、現実的にも難しいはずですよね。
だけど、でも、「『教育が』よい社会」は、少し、「よい社会」より具体的に
なってくる気がするな、と思っています。
これなら、できそうな気がするんです
(どこから沸くのだその無根拠な自・・・いや、他信
(私は、自分というよりも、人の可能性、社会の底に眠る力を信じています)笑




3.Aile-vertの皆へのお願い
さて、崇高で遥かなる願いはこの辺りでとどめ、
実現しそうな、当面の願いも書いておきます。
それは、やっぱり、エルベールのますますの発展
かなー?などと思っています
そのためにも、皆さんに活躍してもらわないと、な訳ですね☆


皆さん
今年もより熱く、燃えて下さい。

イカロスのように太陽を目指して飛んでも、
あなたの翼はエル・ベール製。
決して、溶けず、折れも壊れもしないのですから。
互いに、もっと高く、広い世界へ、羽ばたきましょう。
うん。ミンナ、これからも、宜しく頼みます


(当時の)次回予告
次は、情報社会と人々のつながり」ですね。
月曜日会議は、合宿のことを決めたいです。
あと、NPOを立ち上げたいという人が、サプライズゲスト?で宣伝にくるそうですよ。
興味深いですね。お話こころよく聞いてあげて下さい。 お楽しみに・・・


(P.S. 久しぶりに、持ち前の「熱さ」、前面に押し出してみました笑。)


                     (2009年1月15日14:10:37)
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